鹿児島地方裁判所 昭和38年(ワ)107号 判決 1967年2月20日
原告 小林小五郎 外一名
被告 国
訴訟代理人 大道友彦 外二名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 <省略>
理由
一、訴外横道登に対する関税法違反被告事件の控訴審において昭和二七年九月一〇日福岡高等裁判所宮崎支部が発動機帆船宝栄丸を没収する旨の判決を言渡したことは当事者間に争いがないところ、成立に争いのない甲第六号証の一および公務員の職務上作成したものと認められることにより成立を認めうる乙第一一号証の一によれば、右判決が同年同月二五日確定し、同年一〇月一五日本件没収の裁判が執行されたことを認めることができ、原告小林小五郎本人尋問の結果によつて成立を認めうる甲第三号証の一、二と同原告および原告小林祐一郎(第一、二回)各本人尋問の結果(原告小五郎および同祐一郎第一回については次の認定に反する部分を除く。)をあわせれば、右宝栄丸が昭和二四年建造以来原告両名の持分各二分の一の割合による共有に属していたことを認めるに難くなく、これら本人尋問の結果中右の認定に反する部分は措信し難く、他に以上の認定を左右するに足りる証拠はない。
二、そこでまず右宝栄丸について本件没収の裁判のなされるにいたつた事情を見るに、原告小五郎本人尋問の結果によつて成立を認めうる<証拠省略>によれば原告小五郎において同祐一郎の承諾のもとに、昭昭二六年二月一〇日訴外植木鉄之助に対し右宝栄丸を賃料月額金七万円期間同年五月一〇日まで、使用航路鹿児島県一円および大阪方面等の約定で賃貸したところ、右植木は同年四月一日頃前記横道との間で右宝栄丸につき傭船料金一三万円、目的地沖縄本島糸満とする傭船契約を締結し、同年同月三〇日自ら船主兼船長として右横道ほか数名と共同して貨物の密輸出におよんだことから、右植木、横道ともに右密輸出行為につき旧関税法違反にとわれ、結局右横道については同年九月二六日鹿児島地方裁判所において有罪の判決がなされたが、右判決中で同法第八三条第一項によつて右宝栄丸の没収が言渡され、翌二七年九月一〇日その控訴審において同法同条項にもとづき前記当事者間に争いのない判決がなされるにいたつたこと、原告両名においては前記賃貸の際はもとより右横道らの犯行発覚後まで右宝栄丸が密輸出の用に供されるものとは知らなかつたこと、一方右植木、原告小五郎間の前記賃貸借契約は右密輸出当時すでに賃料不払いによつて解除となり、右横道において右宝栄丸を占有使用すべき私法上の正当な権原はなかつたが、反面同人は右植木との前記傭船契約にもとづきこれを占有していたもので、その占有を不法の手段で取得したわけではなかつたことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ところで前掲乙第五号証によれば、右植木に対する旧関税法違反被告事件の第一審手続においては原告小五郎が証人として右宝栄丸賃貸の事情等につき尋問を受けたことが認められるけれども、これに反し右横道に対する前記第一審および控訴審裁判官らにおいて原告両名のいずれについても右宝栄丸の没収につき告知、弁解、防禦の機会を与え、あるいは右宝栄丸が密輸出の用に供されることを知つていた(いわゆる悪意であつた)か否かについて審理判断したものと認めるに足りる直接の証拠はない。
三、ところで、弁論の全趣旨によれば右横道に対する刑事裁判の一件記録は本訴提起当時すでに判決確定後一〇年の経過により廃棄されていたことが認められるので、以下右横道に対する前記控訴審ないし第一審裁判手続において裁判官らが原告両名のいずれに対しても右宝栄丸の没収につき弁解等の機会を与えず、また原告両名の善意悪意につて審理判断せずあるいは右両名の善意を認めながらその没収の裁判をしたものと仮定して、右没収の裁判をしたことが原告両名に対する不法行為となるか否かを検討する。
1 まず当裁判所に顕著な事実によれば、旧関税法第八三条第一項によつて第三者の所有物を没収することが憲法第三一条、第二九条に違反することは最高裁判所昭和三七年一一月二八日の大法廷判決(昭和三〇年(あ)第九九五号、第二九六一号)の示すところであり、右判決以前の同裁判所昭和三二年一一月二七日の大法廷判決(昭和二六年(あ)第一八九七号)および昭和三三年四月一五日の第三小法廷判決(昭和三〇年(あ)第二八八号)も、旧関税法の右条項によつて第三者所有の犯人はこれを占有するにすぎない船舶を没収するについては右第三者において船舶が同条所定の犯行の用に供せられることを予め知つていたことを要する旨を示しているので、これら判例の示すところが、それ以前に確定した刑事判決の適法性に関する争いを前提とする新たな民事裁判においても遡及的に規準となるものと解するとすれば、前記控訴審判決における本件没収の裁判は違法であつたということができる。
2 しかしながら、他方右控訴審判決当時の事情を見るに、当時においては同法同条項にもとづき第三者所有の船舶を没収するについていかなる要件を必要とするかは学説・判例上必ずしも明確にされておらず、右条項の保安処分的性格を重視する傾向も加わつて、所有者に弁解、防禦等の機会を与えることなく、また所有者の善意悪意につき審理判断することなくこれを没収することができるとの文理解釈が一般に行なわれていたもので、右要件を取上げあるいはこれに関連する具体例としては、本件とは事情の異なる、強取された船舶の買受人がこれを犯行の用に供した場合に没収できないとする下級審判決あるいは関税法以外の類似の規定について所有者の意思によらずに犯人が所持を取得した物は没収できないとする古い判例があつた程度にすぎなかつたこと、その後昭和二九年法律第六一号による改正の結果旧第八三条が第一一八条に改められた際所有者の善意の場合は没収できないものとする立法的解決がなされ、これと相前後して旧法事件につき所有者が強窃盗により所持を奪われあるいは所有者に過失のないときは没収できないとし、あるいは所有者不知の間に占有を奪取した者がこれを犯行に供した場合は没収できないとする等の下級審判決が散見するにいたり、同じく旧法事件につき、前記昭和三二年の最高裁判所判決において右改正法と同趣旨の解釈がとられ、次いで前記昭和三三年の判決を経て昭和三七年の判決におよんだことが当裁判所に顕著なところである。
以上によつて明らかな旧関税法第八三条第一項の一般的解釈、改正の推移およびこれによつて認められるその解釈の困難に照らせば、前記控訴審の裁判官らが右横道に対する旧関税法違反被告事件の判決において、後に法改正によつて定められた条文に反し、また後に出された前記三つの最高裁判所判決の示すところに反する解釈のもとに、右宝栄丸の所有者たる原告両名に対し弁解等の機会を与えず、右両名の善意悪意について審理判断せずあるいは善意でも没収できるとの前提でこれを没収する裁判をしたとしても当然に右裁判官らに職務を行なうにつき過失があつたものということはできず、他に右裁判官らに過失があつたとするに足りる特段の事情の主張立証はない。
以上は前記三の冒頭に示した仮定に立つての判断であるが、<証拠省略>によると、前記横道に対する第一審裁判手続は前記植木に対する第一審裁判手続に後行してなされ、しかも同一裁判官において担当されていること、右横道に対する控訴審裁判においては本件没収の裁判の当否については控訴の理由とされていないことが明らかであつて、本件没収の裁判をした裁判官らにおいて一件記録により右宝栄丸の所有・占有関係について重ねて審理する必要を認めなかつたものと窺い知ることができないでもなく、これらの点をもあわせて考察すれば、なおさらのこと右裁判官らの過失を認めることはできない。
四、以上の次第で、本件没収の裁判が過失にもとづいてなされたことが認められない以上、その余の点について判断するまでもなく原告らの請求はいずれも理由がないことに帰するので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 田坂友男 横畠典夫 三井善見)